You've got another think coming

建設会社の総合サポート屋の考える事

仕事のルールについて考えたみた。

仕事も会社もルールは非常に多い。きちんと決められたルール、なんとなくできたルール、個人間でのローカルルールなど様々だ。

 

40代の僕は中学生の時はバンドブームでもあったので、よく聞いていた、ブルーハーツなんかの影響を受けまくったので、「ルールなんてぶち破れ」「冴えない顔して満員電車に乗る大人になんかなるな」と思っていたが、ルールが無いと不安になり、冴えない顔して満員電車に揺られるおじさんになってしまった。全くもって現実は厳しいのだ。

 

ある程度のルールと言うレールに乗っからないと仕事は進んでいかないわけで、それぞれが意見をぶつけてルール無視な状態は信号の無い交差点のように事故が多発するだろう。只、時代にそぐわないルールも多々存在しているのが、会社や仕事、大きく言えば自分が所属している業界なんて事もある。そこに各所属している個人や肩書、立場をなんでもミックスして折り合い、妥協しながら会社と仕事は存在している。

 

会社で考えると、就業規則なんかを基本としたルールと独自に会社や個人間でできた謎ルールも存在している。一定のルールが無いと、働いている側も働いてもらっている経営者側も不安だ。ただ経営者、上司側の不安を解消する為に設けられてる謎なルールや時代にマッチしていないルールがあまりに多いように感じる。どんなルールでもあれ実は存在意義があったから生まれて、おかしいなと思いつつも守られているルールあるのが現状だ。

 

ルールには必ず理由と経緯があるから発生したのであり、ルール変更をしていくには違う理由と経緯を認識させて、作るルール、削るルールをハッキリさせていかないといけないのだ。ルールは多い、少ない方が良いのかではなくて、「必要か不要か」の選択が大事なんだろう。

 

以前ルールを守らせるためのルールを説明する資料を作らされる現状に辟易しいたこともあった。社内会議でこんなに資料作って、最後はみんなゴミ箱に捨てていく事実になんの意味があるのだろうと思っていた事もある。でも資料の多くなった経緯も提出しなかったり、紙を出して欠席したりなんて事が続いたから、資料が膨大になり社内会議の重要性を会社側が認識させる経緯からの結果だった。

 

ルールを変えたり良くしていく事は経緯もあるのでなかなかに困難だ。神ルールであってもいきなり導入ではみんなの反感や顰蹙を買う事もあるだろう。だいたい反感などが起きる場合はルールを守っていない人やそのルールを批判している。それだと浸透している物を変更していく事は難しいだろう。既存のルールに対して、改変していく形がスンナリ受け入れて貰えるのではないかと思う。経緯を踏まえつつルールを改変するのであれば、今まで守ってきた物を踏襲しつつなので受け入れやすくなる。

 

会社や自分の職場環境を良くしたいなどは、経営者も従業員も思いは一緒だ。ルールは時には自分を守ってくれるし、ルールがあるから秩序もある。一定のルールが無ければ物事は上手く進まない。時代にチューニングのあったルールを提案するには、既存のルールを守ったうえで提案するべきだし、経営者や上司は提案してもらえる土壌を作り、神ルールなら取り入れる度量もなければならない。

「所詮はルールを守るのも破るのも人なのだ」

 

不安がルールを作り、不満がルールを破る。不満でただ破るよりお互いにより良い方向になる、ルール改変はした方が絶対にいいだろう。ルールに縛られて経営者や上司が警察になると息苦しいし、平和な職場環境を維持向上したいなら、ルールを守り提案して改変していく。

 

殺伐としたり人間関係の悪い会社は謎ルールが多く感じる。ではルールがゆるい会社はどうかと言うと我儘不満も多い会社もある。

ルールは絶妙なバランスに保たれている。人間のやる事をコントロールすること自体が難しいルールなのかもしれない。