You've got another think coming

土木屋の戯言雑記帳

習慣化を考える

あけましておめでとうございます!

今年もよろしくお願いします。

1月初めてのブログになりますけど、何か理由があって間が空いたとかではなくてただ単純に忙しかったを理由にサボっていただけが理由です。そこで今回のテーマを考えたいなと思いました。できそうでできない「習慣化」について色々と思うと、そう簡単になかなか習慣にはならないだろうやハードル上がりそうだなってイメージがある。

そもそも習慣化とは?となると同じ状況のもとで繰り返し行われた行動がやがて定着化して意思とは関係なく自動化されていくことらしい。

 

典型的な自動化された習慣は日本人だと誰もが行う箸をもつことなんだそう。確かに自動的に箸を持ってご飯を食べます。要約すると「やるかやらないか考えないでやる」と。

同じ事を繰り返すことで作業が染み付いて習慣としてやらざるを得ない状況になる。

理屈は分かるけど難しくなってきました。

では習慣化さえしてしまえばどんな状況になるか噛み砕くと。

その行動をしないと気持ち悪い

その行動をするのが当たり前に感じる

頑張らないで継続できる

なんて状態になったら習慣化の成功なんだろう。

メリットは自動習慣で継続できたら多大なメリットしかない。小さい成功体験の積み重ねで自己肯定感の向上もできると。これはイイね。でも実践がなかなか難しい。

 

習慣化の成功のポイントが継続の肝になりそうなのでできそうなものから考えてみる。

大前提として「多くの人は意志の力だけでは行動を継続できずに挫折する」って事が大事な認識。なので挫折して自分はダメな人間だと劣等感に苛まされらされた必要は無し。自肯定感も下がっちゃうしね。習慣化に必要なことは「一定期間の繰り返し」。しかも期間は研究結果で必要日数は18日〜254日と平均すると66日と具体的な研究成果もあるらしい。なんでこんなにレンジが広いかについては習慣化する事の難易度に起因している。例えば毎日、水を1L飲むは難易度低いけれど毎日、腹筋100回はなかなか難しいというように。いずれにしても一月は最低かかると覚えておくと気が少し楽に。

 

細分化して考えてみると少し勇気が湧きませんか?

 

逆に成功のコツで大事な事は何だと思うと「実際の効果とMyセレモニー」が大事なのではと。ルーティン的に行動する事を明文化や可視化する。あとは効果見えたら記録する。ゴールを細かく設定してMyセレモニーで祝う。これが長続きできるコツになりそうじゃないかと思う。

1番習慣化の本当に大事な事は挫折してもまたやり直せば良い。

挫折や失敗で自分を責める事は無い。

習慣化は時間がかかると思っておく。

 

「失敗するのが難しいくらいの目標を設定しながらステップアップすれば良い」

 

色々と習慣化について考えてみると仕事にも通じるところが沢山ある。やっぱり継続は力なりという言葉は偉大だなと。継続するには小さい目標の積み重ねで成果を取ろうと。

仕事も習慣化も時間はかかるってことを理解できたのは大きい。なかなか人手不足な建設業界だと求める事を大きくしたり、それに応えようとする人も疲れて辞めてしまうことも多い。

小さく継続させるが人を育成する事にも大事だし、挫折失敗はやり直しが効くし、自分を責める事は無いと。

 

まずは小さく僕もブログを習慣化できるように、長くやりたい。

書かなきゃーなーとか思うって事は習慣化の小さい小さいスタートラインにいると信じて。

叱るを考えてみる。

新人コーチングをしていると、管理職の方に叱り方について聞かれることがあり、叱ることについて自分の中で考えてみたい。

まず怒るは問題外だとは思うけれど、「叱る」は組織として非常に重要なんじゃないかと思っている。

ややもすると叱るですらハラスメントの一種に括られるかも知れないけれど、怒るが感情的であって、叱るは立ち位置が違うと捉えている。

じゃあ「叱る」の定義はと聞かれると、僕は行動を否定せずに諭すことがメインで教えるって側面を持っている事じゃないかと。

だけど最近聞く話としては叱って変な風に捉えられて、退職されたら困るなどの事から「叱ると損する時代」に上司や経営者も突入していることから尻込みしている。現実的に総体的に叱ることが少なくなってきている事からか叱る効用が十分に発揮できなくなってきてる。

又、経営者も上司も叱り慣れていない事から感情移入してしまい、叱るつもりが怒りに変換されて悪循環のオンパレードになってきている。

人手不足の中でやっと入社した新人に気を遣うの良いけれど、退職を恐れて叱らないのは無関心に等しい行為だと思う。ある意味はお互いに楽な事かも知れないけれど、何も役に立てない事が多くて最悪なコミュニケーションだと言える。極端な話をすると叱る事のない無関心な上司に甘えていたら会社での地位も給与もそれなりで終わるだろう。上司も部下もとにかく叱る、叱られることは立派なコミュニケーションだと思って実践して欲しい。

褒めるのは簡単だけど叱るのは難しい。それは叱る事は相手の嫌がる事やこんな事言われたら困る事を言うからだ。だからこそ口先だけではなくて本気で叱らないといけない。嫌われたくないが叱るを阻む。人間だから勿論、波風を立てる事は避けたいし、そもそも好かれたいし、良好な現場で環境で仕事したいとお互いに望んでいる。でも組織や仕事やっていく中でその状態に持っていく事は難しい。お互いに譲歩して譲り合ってそんな環境を危ういバランスで保ちながら築いている。そんな関係の中でも叱る場面は出てくるわけで、どう叱れば良いのかを考えてみると。逆から考えてみるのはどうだろうと思った。例えば上司は部下側だったらこんな叱り方されたら嫌だや部下から上司はこんな態度や言動があったなら叱る意味なんて無いなんて思ってしまう事を意識する事が大事なので叱るときの基準やルールはこの辺が妥当ではないのかなと考えてみた。

失敗を叱って挑戦しない事や怠慢を見逃していないのか?

大きな失敗ではなくて小さな失敗を叱る

相手の目線に合わせて叱っているか?

叱る中にも愛嬌はユーモアはあるのか?

叱る前にキチンと褒めて評価しているのか?

自分が建設業界に入ったばかりの時にはパワハラなんて言葉は無くて、叱りを通り越して怒鳴る人が多かった。そんな中珍しく僕に仕事教えてくれた師匠は非常に論理的な人だった。小さい事を良く怒った、小事は大事って言葉があるように小さい失敗の繰り返しが大きい失敗を呼び込む側面があるのか、小さい事を叱られているうちに、あまり大きい失敗はしなかったし、リカバリーできる範囲だった気もする。

最初は細かい事を叱られて面倒くさいやこんな事までと思う事もあったけど、説明は論理的で笑いもあり叱り上手な人だったと思う。

叱る事を諦めて良好な関係風を作る事はできるけれど果たしてそれで良いのだろうか?

叱らない会社は劣化の一途をたどる。無関心は敏感に悟られるし、真剣に叱った結果であればその後の結果については反省材料にすれば良いだけだ。

 

小さい事を叱れと言うのは大きな失敗に繋がる可能性を少しで減らしていく効果も勿論あるけれど、違う効果もあると感じている。

小さく叱ってきちんと褒めて評価する事を繰り返すことで上司も叱り方に慣れるし、叱られる方も慣れていく。マンネリは避けるべきだけど、そうした関係の中でやっと良好な関係もみえてくるかなと思う。

真剣に仕事している上司の叱りには信念があるから相手に必ず伝わると僕は思う。

ヘラヘラ媚びても値踏みされるだけで信念をもって論理的に叱る。

叱る方も叱られる方も叱り上手と叱られ上手の関係がお互いの成長を促進させるし、居心地の良い組織の第一歩になると僕は思っている。

絆は鎖か足枷か

最近はご紹介を頂いたり様々な形で建設会社と関わり合う事が多くなってきた。勝手に僕はプロ御用聞き戦略と読んでいるけど、まあ大なり小なり建設会社は困っている訳で相談を受けたり話を聞く事が多い。話を聞く事やご提案できることについては費用も貰わないことにしてる。気軽に何でも聞いてもらわないと本音の部分は見えてこないのが戦略コンサルなのかなと考えているからだ。その後に契約してもらい、いろいろ形で会社を楽に社員の幸福度を充実さて利益を出していく戦略を立てていく。

僕も経営者になり営業して利益を出していかなきゃならない訳でコンサルティングしてますといいつつも試行錯誤を繰り返している。まあ大企業の社長もスケール感は違えど、不安で夜寝れなくなったりしているだろう。資金繰りの事で悩むのは昔から変わらない事ではあるけれど最近の最大の悩みは人材不足に伴う、社員の確保や新卒採用などに苦心しているのが建設会社。職人さんも現場監督さんも想像のつかないスピードでいなくなり、市場価値を知り、周りと比較できる現在では社員の入れ替わりの激しかったり、新卒もすぐに辞めてしまう現実がドーンと横たわり、仕事はあるけどできないジレンマで会社戦略の練り直しが多くなってきた。

 

社員が自分の市場価値を知ることは勿論良いことであって今までが閉鎖的すぎた部分は多分にある。価値観をお金と比較しつつも人間関係や会社のヴィジョンも加味して働く人もいれば、お金第一なら価値観の人もいて、この人物はずっと我が社にいてくれると思うのは間違いになっている。会社としても常に色々な金銭以外の提示や魅力を構築していかないとならない訳で、ベテラン、新入社員にとっても大事な要素が細分化されている。

 

タイトルにした「絆は鎖か足枷か」は従来の日本雇用型システムでもあるメンバーシップ型と言えば良いのか、ファミリー型という考えでは鎖と足枷でしかないだろうなと思ってしまう。

例えば「会社の仕事だから100%頑張ろう」、「飲み会だって仕事の一部だから」などなど建設業では現在でも悪い思想がこびりついて、ブラック企業の良い菌床になっているイメージさえある。家族型の安心唯一無二の形を押し付けて、絆が深まってきたと勘違いをする。逆に抵抗感のある社員に関しては何故もっとグイグイ仕事しないのか?など気持ちよく働いて成果を出すのが会社なのに仕事より家族の輪を乱す奴を吊し上げる傾向すら見える。これでは絆は鎖を巻かれて足枷となり、そうなる前に退職しようとなる訳だ。

 

家族システム雇用は簡単に言うと楽なんです。ハマる人だけ残れば良いしダメな奴は排除するだけだから。でも人がいない現在は分母の数が減って破綻しつつあるマネジメントシステムとなってしまったのでした。体調不良で100%の力を出さなくても補い合えるシステム、参加したくなる飲み会の方向を考えることにリソースを振るべきなのです。

 

お互いの距離を0に近づける事が絆の時代は破綻しました。お互いにとってメリットある距離感こそが本当の絆になっていくのだらうと思います。

御社はそれでも「鎖と足枷で社員を支配する事を絆だと勘違いし続けますか?」

悪い失敗を良い失敗へ

来週、11月29日に新建設新聞社主催のスキルアップセミナーに登壇することになりました。

今回のテーマは失敗について講演する。

資料はバーっと一気に作れたのだけど、講演では合間に雑談的に話すことが大事かなと思っていて、ひたすらテキストや資料を読むのも飽きちゃうだろうと思って色々なネタノートを作る。失敗について話すのは今回の公演が初めてなのでネタノートは無いから本や資料を引っ掻き回して面白い事例なんかがないか試行錯誤している。その作業をしていた為にブログも更新が遅れたのだ(良い言い訳)。

現場をやっている限り失敗しないがないなんてことはほぼあり得ない。失敗を隠すか誤魔化すかリカバリーするかの3択を選択しながら工事は進んでいく。重大な致命傷にならない限りは基本的には現場内で処理をしてしまうし、重大な失敗をした時には手遅れや壊すしかないのも建設業だ。

処理できた失敗は実は負の宝の山だとなかなか気が付いていない会社が多いんじゃ無いだろうか。

現場サイドから考えると確かに失敗について話はしたくない。恥ずかしいという思いやリカバリーするのも技術なのでなかなか表に出てくることがないだろう。さっき書いたように「失敗は負の宝の山」なのに日の目を見る事は無いだろう。言いたくない現場サイドと興味の無い会社サイドでは学習していく事は無いからだ。

最近、戦略コンサルタント的な事でお話を聞いていると、新入社員、中途採用が順調にできている会社はこの負の宝の山を有効活用しているパターンが非常に多い。会社サイドも成功体験より失敗した事、そこからどうリカバリーしたかを検証して組織の財産として活かしている。この辺が周りの建設会社と差がついているところなのかと深掘りして聞いてみると、ちょっと性質が違う事に気づく。

その性質の違いはなんとなく掴みかけていて何かと言うとそれは「現場が失敗を言いやすい会社風土なのだ」

失敗を許容できる土壌のある会社は雰囲気も良いし暗くない。中途入社、新人さんも溶け込むのも早い。失敗をするのが当たり前でクリティカルな失敗を防な事に会社が舵を切っているせいで、自ずと生産性も上がっているのだろう。

失敗をする事はある意味当たり前だし、リカバリーの技術やクリティカルな失敗さえしなければ宝の山となるデーターになる。

それを失敗したと詰ったところで何も生まれないし、怒って萎縮させてもパフォーマンスも落ちるし、失敗した社員の扱いを他の社員は冷静に見ているので悪い方向にしか向かっていかないことだけはたしかだ。

失敗には学べる良い失敗もある事、許容できる組織が勝ち残るんだろうなと僕は思う。

意見が響かない企業から人が逃げてる現実

昔は創作っぽいところや司馬遼太郎の影響かとかく持ち上げられる坂本龍馬があまり好きではなかった。最近、色々と本を読んだりしてみると、史実と創作の部分もらありつつも、本当に魅力的な新しい世界に期待して動いた人だったんだろう。色んな事を初めてした人でもあるけれど、今の社会や僕のいる建設業界にも勉強できる部分が沢山ある。

まず龍馬は脱藩してフリーランスになってメンターに会う事で新しい世界に触れることになる。ほら現在っぽいでしょ。朧げに世界を変えたいと思う薩摩と長州を繋げるために色々とプレゼン交渉する。なかなかお互い立場やらプライドなにやらで繋がらない。キレながらも交渉を重ねて長州と薩摩はビジネスパートナー、建設業的にはJVか。現在っぽいなあー。

これで龍馬はこれからの世界に夢を載せて、自分の事業も確保しつつ、未来について3方良しで向かっていくと。ここからも紆余曲折あって暗殺されてしまうけれど、300年以上続いた体制を変える基礎を作れたことには尊敬しかないし、このやり取りは現在に至っても全く変わってないなぁというのが正直なところ。

現在に置き換えると、龍馬が交渉していく中で徳川体制を変えるために古い体制の会社同士を繋げる為に大事だった部分はこれかなと思うこともあった。

「新しい世界のために自分の利益は考えない」

「全員にメリットがある」

「キーマンにキチンとプレゼンする」

その他にも色々な人の力を借りて成功させている。古い体制の会社に話をするにはキーマンとなる人がいるのはよくある話。キーマンと力を合わせながら交渉してさまざまな事をしていくのは今も昔も一緒だけれど、頭の硬い会社、新しいことにアレルギーのある会社が本当に多くて内部で変えることは難しいだろうなという建設会社は多い。

外部コンサルとしたら入る事もあるけれどキーマンとなる例えば部長クラスの人は本当に苦心して会社を変えようとしているけれど、社長は余計な事を的な発言や周りのまた何か面倒臭い事を始めようとしてるぞ部長はなんて好奇な目には耐えながら頑張っている。

そもそも僕に相談してくる時点で内部から組織体制を変えることは難しいと判断しているわけで、その前にも色々なアラートを発しながら、部下も経営者も会社も組織も楽にと思って動いても変わらないのが確定したら現状をそれでも何かと思って連絡を僕にくれる。

色々な現実を聞いて僕は相談や面談をするけれど、いざ話を社長に持っていくと却下されてしまう。お金の額というよりは外部に聞くことが恥ずかしいと思っている節もある。

古い体制がこびりついた企業あるあるだなとは思うけど、最近少し展開が変わってきたいることがある。

「僕、退職して〇〇建設に行くんです」

キーマンが退職する。そんなキーマンを見て若手も退職する。

「意見が響かない会社からは人が逃げ出すのだ」

若手にとっても頑張って出世できて部長なれても生活は良くなるかもだけど、あんな対応や苦労するならと思うと経営者や会社に希望を持てず退職すらのは必然なのかもしれない。

会社は風通しが良い事は勿論だけど意見が少しでも会社、部下のためと動く人に連動できないと簡単に衰退して現状ですら維持できない事に気づいて欲しい。その状態になるまで人様々な警告や意見は出していたはず。誰でも意見を言って反映されなきゃ離れていくだろう。

良い給料とかは当たり前ベースになだだし価値観の1位では無い世界になった事がまだ理解できていない会社は多い。老舗型企業がこの先は衰退していくだろうなと思っている。老舗企業の頼みは資金力だけのイメージなので。

キーマンなら呆れられない組織は強い。

 

坂本龍馬は西郷隆盛を

「何考えているかは分からない。でも西郷は大きな鐘だ。小さく叩くと小さい音だし、大きく叩くと大きく響く」と人物評をしたそうだ。

経営者はかくあるべきなんだろうなと思った。

 

新人育成サポートをして見えたもの

僕の会社ユナイテッドでは書類作成代行サポートやセミナー講師と共に最近問い合わせや興味を持ってもらえているのが新人育成サポート。

結論から言うと今の建設会社は新人を育成していくのは厳しいんじゃないかと言うのが正直なところ。若手が入ってこない建設業界ではあるけれど、そんな状態が続いているからベテランに高負荷がかかっている。

そんな忙しさな上に新人まで教えてくれと会社に言われてしまって途方に暮れている現状がある事も事実。

自社でなんでも解決したりする事に異常に拘る会社や最近の内省化、建設ディレクターなんて言葉に飛びついたけれどなんて会社もチラホラ。

 

僕に新人育成を頼んでくれたり、興味を持ってくれている建設会社と色々話をしていく中で、ある共通点に最近気づいた。

 

「現経営者や次世代の経営者が建設業界ではなく異業種」

異業種から建設業界に来た経営者にとってはこんなに教育に投資をしない業界は無いと知っている。

この共通点に気づいた事で腑に落ちた事がいくつもあった。

建設業界では職人さんも含めて、働いてくれていたい分母が多い事から、教育に投資する感覚が無い。数がいたのでその中で優秀な人が残ったり、カバーできていた部分があったけれど、ここまでの人手不足が進んでしまうと、残った優秀な人もカバーする余力もなく、不景気の時に雇用もなく、教育体制もなくの3ないの波に襲われている。

システムが破綻している事に気づかず、人手不足、若者をドンドン雇用しようとなったとしても離職するのは必然だろうと思う。慌てて社内で協議や部門作って社長をリーダーに対応協議してますとなんて人も言うけれど、今まで教育も投資もできない会社の人で協議をして何か劇的なアイデアは出るはずないだろうなと思う。

社内での自己満足であって新入社員に媚びた変な仕事の教え方して苦労が増すだけだろうなと思う。

ハッキリ言ってしまうと新人と考え、意識しなくともマウント取る方向になりながら教えても意味はない。

最短で直線にストーリーを持って教育して一緒に成長する横社会で考えて行ける会社体制がヒントだと考えている。

 

ある経営者さんに「新人育成サポートを頼んで離職したらどう責任とるのか?」と聞かれた事もある。僕は「離職するたび社内で誰か責任取って辞職とかしてたんですか?」と聞くと無言になる。

その考え方から変えていかないと無理だし、例えば離職したとしても理由をデータベースやフィードバックしたことありますか?ただあいつは根性無かったからなで済ませてる会社が大多数なのが最大の問題なのに失敗には蓋をしてる会社が多いし、首が絞まらないと変えていかない体質も問題と認識する事が最大の一歩かと思う。

 

僕の新人サポートは話をよく聞いて、先回りして、寄り添うことが第一。

自分の若い時に先輩に質問をする事に躊躇する事、しづらい事、聞いたら怒られるなんて思いながら、理解を無理矢理しながら仕事していた事を思い出して相談窓口になりたいと始めたのが新人サポート。

来年もどんな新人さんと並走してサポートできるか楽しみにしている。

 

最後に自社の人間には相談も辞める理由も基本的には今の新人さんはしないでしょう。

会社と関係ないから僕はお話しを遠慮なくしてくれるんです。

今はサブスク世代ですもの会社で用意した相談窓口のシステムは上手に使いこなせます。

お困りや相談などあればお気軽にお問合せください。

僕はさりげないPRを入れてサボり気味のブログを書き終えた。

 

 

 

土木サポート協会を設立しました。

土木サポート協会(DSA)を設立いたしました。

恥ずかしながら

代表理事 山村大輝 ユナイテッド

理事   条谷貴志 兵庫土木サポート

理事   沖山達哉 CRAFTCOM

僕が代表理事なのが1番の不安ですが、3人を発起人として色々と展開していきたいな、建設業の困ったや楽を推進できる協会にしたいなと思っています。

 

設立趣旨としては複雑化していく書類と現場や加速する人材不足。魅力のある土木を取り戻したい!建設会社とサポートで並走させて貰い、三方良しで「各サポートで現場を楽に!効率化で会社に利益を!土木に魅力を底上げして人材の確保を!」がコンセプトとなります!

あとは例えば現場の大変さから心にストレスを抱えた方や出産した女性の活躍の場所など、リモートワークでできる事をご紹介できたり、起業したい人の応援や相談も将来的には行いたいと思っています。

 

建設業としては国の根幹を支える事業なのに従来のやり方に固執する傾向や残った人が優秀だと思ってしまう建設会社さんも多く新人も育成できていない現状があります。DX化も進みますが人間が現場を作っていくことには変わりません。

では現状の既存戦力を楽にして、クリエイティブな事に集中してもらい現場、会社の評価を上げていく事が差別化に繋がると考えています。

人手不足を止める事は難しいですが、離職者を出さないように従業員の満足度ややり甲斐を向上させる事は出来ます!

是非、僕たちにご連絡ください!

書類作成代行サポート

本社コンサルティング

新人育成コンサルティング

ICT測量、内省化コンサルティング

各セミナー

など色々とご提案できます!

「現場を楽に!会社に利益を」

賛同してくれる会員や企業様の案件も随時募集しまして、会員と交流してクオリティの向上や情報のアップデートをしていますので興味のある方は僕のTwitterなどのDMやホームページからご連絡待っております。

土木サポート協会を是非宜しくお願いします。