You've got another think coming

建設会社の総合サポート屋の考える事

若手に教えるのはスピード感だけ

もう久々にブログを書きます。

サボってたといえばサボってましたがブログってどうなんだろうとは思い始めたら、悩んでるうちに時が過ぎてしまいました。ダラダラと建設系の話題で書いてましたが、僕の事業でもある若手育成や人材育成に力を入れて書いて行こうかなと思います。

お金をいただいて、若手の育成をしていますがどこの会社も若手育成には悩み倒しているので、僕にお話しが来るのだろうと思っているけど、実際は上司も教えるリソースが無いのが現状かと思う。若手技術者と色々面談や相談受ける中で気がついたのは「今の若手はとても優秀」って事。その優秀さがスマホ含めデジタルで武装した数値も込みではある。にしても検索センス含めて優秀だなと感じることが多いが、上司には物足りなく感じるだろうなと考えてしまう。その要因はやはり若手の原動力になっている部分が「不安」だからなのだろうと思っている。面談で話を聞くと不安だと言う話が本当に多い。それなのに上司は失敗しても良いからドンドン現場でチャレンジしてくれと言う。それでは若手技術者はアクセル踏みたい気持ちと不安のブレーキに苛まされて退職へハンドルを向けるだろう。

 

そこで僕は若手育成で教えるのは

「スピード感を持って数をこなすと勝手に質は上がる」

なので上司には小さい業務での仕事の依頼でスピード感の練習と失敗してもスピードでこなせばリカバリーできると小さい成功と小さい失敗を体験させるマインドでお互いやるようにお願いしている。小さい業務の依頼をスピード感をもってこなしている癖がついた若手は報告も小まめにするので、上司とのコミュケーションも取れる嬉しい副次効果も出てきた。

 

とにかく建設業はこれからは人がいないのだから、ベテランはアップデートして、若者を育てるしか無い。頭で分かっていてもできていない建設会社は多い。

お金を使えば無限湧きで人が出てくると思っている社長の頭が沸いてると僕は思う。

現場以外の外注発注が下手過ぎ問題

僕らの建設業界はなかなか現場を自社だけで完結できることはほぼ無い。そこで協力会社さんや特殊工法の会社さんなど様々な会社と力を合わせて現場を作っていくことになる。

これは従来のやり方でもあり、これからも極端に変わることは無いとは思うが、人手不足が加速している今はもっと細かく細分化して様々な会社と現場を作ることになるかも知れないと思う。土木に関しては建築的な形になるかも知れない。それは各会社が人がいなくて少人数化していくので、仕方ないだろう。

こんな方法で現場をこなしてきて建設業なので現場を作る時の外注の使い方はバツグンに上手い!

逆にうますぎてブローカーみたいな会社やブラック化する会社もいるのが問題ではあるけれど、実務に関しては自分のできないこと、大変なことに関してはパパッと整理して外注するのだ。

2024年問題で残業規制となる事で僕の会社の事業でもある書類作成代行サポートにもお問い合わせがありがたいことに増えてきている。

効率化でもあり対策していく中で選択肢の中に入れてもらえている事には感謝しかない。

ただ、話を聞いていると圧倒的にどこの会社も規模の大小関係なく下手と言うか現場の実情とミスマッチしていると感じている。

問い合わせをしてもらう担当の方は大体が経営者、総務、工事部長といった方が多く、質問の内容は「そもそも何ができるのか?お金はいくらかかるのか?書類サポートでどんな効果があるのか?」などかなと。

要するに現場サイドの大変さを理解して楽をさせたいとは思っているものの、お金以外は自主性が無い問い合わせが多い。なぜそんな事になるのかと思うと答えは簡単で今まで現場代理人任せにしてきたからである。書類を属人化させてきて今になって急に外注に頼めよと言ったところで、現場代理人も戸惑い、面倒になり結局は闇残業でこなしていくことになる。

質問には丁寧にこんな形で利用してもらえるとこういう効果や効率化ができる話はするけれど、納得したようなしないような反応でもある。

そして最後によく言われるセリフは「書類を頼む事になると現場の技術が下がる、昔は書類もこなして1人前だった」など。

時代が違うとは言いたくないけれど、今は人も少ないのと求められる事が多岐に渡るので本当に現場は大変だと思う。書類は本来なら現場代理人が作成するのが筋とは僕も思うけど、現場外の様々な書類ものしかかってきているのも事実。

誰もが作れるルーティンワークな書類やデータベースを外注に出して、クリエイティブな部分に現場代理人さんは集中して良い現場を作って貰いたいと思う。

現場の様な感覚でICTや書類の外注も上手に使っていって欲しいと思う。外注発注上手な会社は頼みつつ若手の教育にも利用している。

ただ頼むと勿体ないという感覚を捨ててお互いにシナジーを出して補ないあえば違う事にリソースがさけてより良い結果や現場にしていけば良いだけだと思う。

僕が最近感じている事は経営者は最前線で働いてくれている現場代理人はずっと働いてくれると勘違いしている人多いです。現場代理人さんはもう支えきれない荷物になっていますので、真剣に話し合って荷物を軽くしてあげないと、いくら資金があっても人がいないと倒産しますよ。

仕事ができる人とできない人の差は?

僕達、建設業は様々な人間が集まり、関わりながら現場を作って行く。

その中でよく出てくる話があそこの会社は仕事ができる、できないやら〇〇さんがいない時はあの会社は途端にダメになるよなら、勿論お金がかかっているのでシビアになるのは理解できる。ただ不思議なのはそんなに仕事ができなくても現場から大人気の人もいる。この差はスキルだけではない何かがあるのではと思っていた事とスキルが仕事ができるとイコールにならないのが面白い。

どういうことなのか紐解いて考えてみると、僕的な仕事ができる人の定義もスキルではないことに気づいた。スキルが抜群であるにはその方が良いには決まっているけど、現場代理人時代も今の起業してからも思う仕事のできる人は圧倒的にレスポンスが早い事が特徴で安心できるのだ。

スキルがあっても仕事ができない人はレスポンスが遅かったり自分に被害が及びそうになってから慌てて連絡来たりするので遠巻きにプライドを傷つけることの無いように管理するやらそれとなく尋問する時間が勿体無いのだ。

何とか言語化してみて考えると管理する側の心理的安全性が違う。心の波が穏やかに任せて、自分の仕事や次の仕事に集中できる。

例えば良く上司と部下のコミュニケーションで使われる報連相だけど、スキルは平均でも仕事ができる人はとにかく報連相のタイミングが良い。そしてイメージ的にはリソースが1番にまず相談、2番に自分の会社の職員や関係会社に連絡、3番に段取り終わったよーや上手く行ったよーなどの報告なのだ。

強いていうと現場的には「相連報」が本当にありがたい。

周りと上手く調和をとってくれる事や気を使える事が人材不足の今の時代には1番の最重要スキルのような気がしている。実際にGoogleでは採用の1番の条件が「good human person」らしい。要するに「人間性の良い人」である。会社には人間性の良い人でスキルが高い人は外注で良いと。

なぜそういう事になったのかというと、簡単に効率が悪かったらしい。スキルの高い人は低い人の世話をしなきゃならないやらで、スキルが高いのでチームリーダーにもなりがちで無駄なフラストレーションになって退職やチームメンバーも抜けたりと大変だった事から方針を変えた。

Googleのほどのプロジェクトにはならなくても現場もどれだけデジタルツールが出てきても結局は人。そうなるとやはりバランスや調和の取れる人が仕事のできる人になって行くのは必然かと思っている。人手不足だからスキルが高い人だらけで仕事した方が効率良さそうに思えるが、実はスキルの高い人はそれぞれでやり方があるので、衝突してお互いに持ち味が薄くなり効率が悪くなる。そういえばスキルの高い人を引き抜きしてできた会社もあったけれど、あっという間に退職していった事も思いだした。

仕事はお金を稼ぐところだし、全員真剣なのは勿論で現場だと命の危険もかかってくる。建設業以外にも言えることだろうけど、レスポンス早く動いてもらって都度に相談してもらえる事が今の時代には本当に大事なスキルで仕事ができるとはそこだろうと思う。

マネージャー的な事をするとバランス取れる人が本当にありがたい。人手不足でスキルの方向性も多様化してきているのは実感している。

心理的に安心安全は最も効率的なのだ。

心理的安全第一を提供できる建設会社が生き残る。

 

 

 

なぜ建設業は無料に群がるのか

ネット上で何でも比較できる時代。こんな時代ですから少しでも安い方がいいのは理解できる。

よく聞く「タダより高いものは無い」の意味はタダで何かを貰うと代わりに物事を頼まれたり、お礼に費用がかかったりして、かえって高くつくという意味でもある。

辞書に書いてあるように無料は後に高くつくと言う話だら気をつけようだったのにいつの間にやら無料が当たり前になってきた。代表的な無料サービスはGoogleだと思うけどこれも裏にはキチンと戦略的無料である。では便利なGoogleは何を僕達と等価交換しているかというと個人情報で世界中から集めた個人情報で入手して広告収入やサービスで利益を得ている。上手なところはこの等価交換システムを非常に上手にコーティングしてわからなくしているところでもある。

さてさてそこで建設業で考えるとまず代表的な例は見積書もそうではないだろうか。仕事をもらえるかは分からない状態で現地調査やら積算やら資材やら労務やらとてつもない手間がかかっても慣習的には無料である。しかもタチの悪い建設会社だと無料で貰った見積書を他の建設会社に渡して「これより安くできる?」なんてことやプラン泥棒まで現れる始末でもある。

完全無料ということについて自分の商売も含めて考えると無料に群がったり価値観や選定基準がお金の会社は本当に質が悪い傾向にある。無料でアドバイスが欲しいやら、無料で勉強したい、無料で人を集めたいなどなど無料に群がる会社は衰退している。無駄な経費は使うことはないことには勿論その通りではあるけれど、無駄と有益を見極めて有料であっても踏み込めて決断できる会社は伸びている。

僕がセミナー講師をしているとハッキリ違う。無料でCPDSだけ取得したいセミナーとお金を払って何か勉強したいとやってくる会社では熱意が圧倒的に違う。それだけにこちらもその熱に等価交換以上の価値を出すために真剣勝負となる。かたや無料セミナーだと最初から寝る人までいて、こちらも崩れ落ちそうになる。

例えば見積書にしてもお金もらっても良いと思うし、制約したら返すなどすれば良いだけである。お金を貰うから逆に精度もよくキチンとした実力が分かるフィルターになると思わないだろうか?

無料サービスはお互いを苦しめるだけかと僕は思っている。クソ顧客とクソ下請けが出会いクレーム合戦になるだけだろう。無料に群がる建設会社は基本的に価値観選定が低いので未来は無いと思っている。

商売なら利益が確保できなきゃ潰れることは理解できる。ただお金があるならキチンと対価を払うべきだし、良い業者に会いたい、良い人材が欲しい、育って欲しいなら尚更である。客だからと傲慢な態度で相手を追い込むことや価値を泥棒することは窮鼠猫を噛むことになりかねない事もある。

無料大好き建設会社はサービスとは受注側が行う事で発注側が求めた時点で脅迫になる事は肝に銘じた方が良い。

AIで建設業は楽になるのか

chatGPTを始め今年にはAIが物凄い勢いで普及し始めている。Microsoftのオフィスにも搭載されてきたり、触ってみると本当に面白い。有料版にしないと本領発揮しないアプリもあるのが玉に傷と思いつつも課金する価値は十分ある。

僕的なテクノロジーのショックとしてWindows95クラスの凄い事が起き始めてると感じている。ユーザーが増えてデーターが蓄積されると本当に使いやすくなっていくだろうと思う。

では建設業はAIで楽になるかと言うと、凄く楽になる部分と仕事が増える恐れもあって、現段階では引き分けかなと思っている。

古い話になるけどそれこそWindows95が出て現場に支給された時には、デジカメも含めて楽になった。苦労してるおじさんはいつの時代もいるのは横に置いといても、今やパソコンを使わないで現場をやっている会社なんて無いのがその証拠でもある。ただ楽になった部分があって測量計算や写真管理、書類作成は格段にスピードアップできたけど、何故か業務量は減らなかったのを思い出している。効率化や楽になった分で各建設会社もやはり差別化として切磋琢磨していくので、ドンドン書類のレベルが上がり、求められる事に対して高度に答えるようになり、発注者からの要求も高くなり業務量は減らなかったのだ。楽になるソフトが出る、じゃあこんなものもできるとレベルが上がったり、ソフトに無知な人が簡単にできると勘違いして、気軽にさまざまな業務発注(無料)が増えてきた。あと仕事や設計を誤魔化す人も出てきて当然建設業のルールが厳しくなって、書類や現場の効率化によって効率化の恩恵を受ける書類まで作るハメになってしまった事も業務減少の道を難しくしてしまった。

僕は悲しいけど、テクノロジーについては戦争がレベルを向上させエロが普及させると思っている。パソコンやインターネットは最たるものだろう、AIに関してはその上位互換なので蓄積したデータの上に成り立つ、純粋培養的な部分があって面白いと思う。楽になる部分に関してはレポート系の壁打ち、アイデア出しやマニュアル化、エラーチェック、妥当性、方向性の確認など含めて、使い道は無限だろうと思う。もっと工事的にはAI分析で楽な工程管理や職人の管理、設計変更など色々とできると思う。

建設業が始まってから未曾有の人材不足をどう補っていくのか非常に興味がある。AIには良い意味で効率化を平均化して貰いたい。効率を競争させるのでなく各建設会社の足並みが揃ったり、最低限の書類作成、ローカルルールなども平均化して欲しいと思う。

いずれにしてもAIを導入していく流れは止まらないし、奪われる仕事もあれば生まれてくる仕事や人間だからこその仕事も出てくるだろう。

僕はAIを触った時は「ベテラン現場監督の寿命が伸びるな」と感じた。ベテランが踏ん張っている間に若手技術者が育って欲しいと本当に思う。

もしまだ触ったことのないベテラン現場監督は是非体験して欲しい。虎穴に入らずんば虎子を得ずだし、虎児なのか虎を起こして大怪我するかはまだ分からない。

でもチャレンジ精神の無い人からAIに仕事を奪われる事だけは保証できる。

 

建設会社の24年問題はどこも取り組んでる風

働き方改革なんて言葉は良く聴いていると思う。

その中でも建設業に恩恵なのかダメージなのか残業規制が来年24年の4月から施行される。人手不足の中で働き方もモデルチェンジが求められている。ただ今までの構造を変えていくことは難しいる部分もありながらもどこの建設業も苦労すると思う。僕が現場代理人時代は15時間とか働いていたりしたから雲泥の差かなとは思う。僕の残業のタイムスケジュールを考えてみるとだいぶ無駄な時間も多かったし固定残業だから時間を気にしてなかったので業務を整理できてなかった。

現場職員、職人にも関わる今回の残業規制で良いか悪いか僕の仕事でもある書類作成代行サポートの問い合わせは増えている。その中で色々とお話させて貰うと、どこの建設会社も悩み苦悩はしているものの、取り組みは社労士と現場任せたり、答えが出ていないイメージ。

部署を作って適正に取り組んでいるところもあるけど、そこまでの対応はやはり大手ゼネコンで地方ゼネコンは取り組んでる風としかいえないのだろうか。書類の内省化や外注化を推進する流れにはなっていくのだろうが、急にノウハウや現場の事を理解したバックオフィスの構築も難しいだろう。働き方改革の猶予期間も現場代理人の成長期間と同時間なので覚えることが多い建設業は様々な苦境の中で人材を確保する事になっていく。

僕は働き方改革には賛成である。

ただ条件付きであってもっと建設会社に自由裁量権があっても良いのではと思う。

働きたい人は働けるし休みたい人は休む。稼ぎたい人は稼げるようにしてみたらと思っている。

余談だけど日本は世界と比べて祝日が多いので生産性を下げていたり、有給も取りにくい現実もある。

働き方改革の前に休み方改革からアプローチしてみるのも一つの考え方かもしれない。定額働き放題に甘えてきた企業もあるし、建設業は工事に工期もあるので進まないのは仕方ない部分はあるだろう。ワークライフバランスとライフワークバランスをどっちを重視するか人に選択できたり、企業が提示できるや副業含めて「お互いの自由裁量」が一つの解決方法かなと感じている。

それでも残業規制には取り組まなきゃならない。少しずつその事例も現れてるけど、大手ゼネコンが地場ゼネコンをM&Aして人材確保するパターンも出てきた。地方建設業が強くなって欲しいと思う、地方が狩場にされる未来の建設業は暗すぎる。

会社にお任せはお互いに損をする

日本国民の礼儀正しさは海外から称賛される事は非常に多い。忍耐強い国民性も海外からは驚かれることもある。その「礼儀正しさや忍耐強さ」の裏にある性質を少し考えてみると、事なかれ主義という短所と表裏一体だ。『お上や会社ににお任せ』という姿勢も少し見えてくる

他の国々では、政府が決めた政策が理不尽だと考えたり、何らかの不満を感じたりすると、すぐに抗議デモが街中で起こり、それが手荒な暴動に発展するパターンも珍しくない。それに対して日本では、政府が決めた政策にどんなに不満を抱いても、政府の中枢を担う政治家の不正やスキャンダルが発覚して不信感を抱いても、抗議デモが起こることは珍しく、ましてや暴動に発展することなどほとんどない

自分たちの生活環境や勤務条件に問題が生じた場合、自分たちの力で何とか改善しようと努めるのが民主主義における国民のあるべき姿のはずだろうが、なぜか多くの日本人はそうした動きを取らずに現状に甘んじてしまう。内輪で文句を口にすることはあっても、現状を変えていくための行動を取るより、現状を容認してしまう。これも一種の思考停止状態。

現状容認は、ある意味では諦めに通じるわけで、そこは変えていく必要があるのだが、それが難しいのは、そうした日本人の短所は、忍耐強さや礼儀正しさ、攻撃性の低さや協調性の高さといった長所と表裏一体になっていらように思える。日本人の行動パターンは、日本人は目上の者から命じられて仕方なく受け入れ従うのではなく、目下の者の方から自然に従うのであり、それは海外の人にとってもっとも驚くべきことらしい。日本人が昔から「お上に任せておけば大丈夫。悪いようにはしないだろう」といった感覚をもっていたからなのかなとは思っている。

日本では最初は敵であっても対話を重ねるうちに仲間になってくれて一緒に戦ってくれる作品や小さい子にはそんな絵本を読み聞かせている。海外の絵本なんかでは敵は敵で同情すればとんでもない目にあう絵本が多いそうで、どちらが正解かはわからないけれど基本的に日本人は「性善説」が考えのベースなんだろうと思う

建設業も多様化や働き方の方法が急速に変化している令和。価値観も複雑化してきているし、日本人のなかにも性悪説に染まる者や染まっている人が一定数はいるのは仕方ない。「会社に任せておけば変な事にならない」、「上司に任せておけば自分も成長できる!間違いない!」感覚はアップデートしなければならない。

会社も人に対しても、性悪説に立つ人やや社会とやり合っていくには、こちらも性悪説を前提に警戒心をもって思考停止ではなく、考えて対応しなきゃならなき。多様化が一気に進むこの時代では必然であり、やむを得ない事だと思う。

だからといって、会社の中や色々な人と関わり合いなが生きていかなきゃならないわけで、性善説を捨てて性悪説に立って人や会社づきあいをするというのはあまりに淋しい。

自分たちの会社や仕事に大きな影響を及ぼす動きに対しては、会社お任せの姿勢で受け入れるのではなく、警戒心と向上心をもってしっかりと考えて行動発言して行くべき。お互いにお任せ社風で新しい事に挑戦できない建設会社は本当に多い。自分のやりがいと楽しい会社にして行くためには、お任せ事なかれ主義から一歩を踏み出さないと変化はしていかない。

選択肢の多い時代にお互いに遠慮して、我慢しながら仕事をしていくストレスは勿体なさすぎる。

「遠慮は礼儀正しいでは無いし、忍耐強いは我慢ではありませんよ?」